表と裏。

あっついですね!

できるだけ、外、出たくないです。

 

昨日の夜は、UNITED PEOPLEの関根君が誘ってくれて、素敵な活動やお仕事をされている方達との会合?がありました。

UNITED PEOPLEというのは福岡の映画配給会社で、何度かこのブログでも紹介させていただいている、

「それでも僕は帰る -シリア 若者たちが求めつづけたふるさと-」

という8月1日〜公開予定のドキュメンタリー映画の配給会社です。

できるだけ多くの方に、ご覧いただきたい映画なので、ぜひ、劇場に足をお運びいただければと思います。都内は渋谷のUP LINKでの公開ですよ。

トークショーなどのイベントも一緒にやる日もあります。

 

最近、別の映画ではありますが、ジュリエット・ビノシュ主演の「おやすみなさいを言いたくて 」という映画のDVDを観ました。

紛争地帯の報道カメラマンであり、妻であり、2人の娘の母でもあるレベッカとその家族の葛藤を描いた作品で、これもかなり考えさせられました。


カブールで自爆テロの儀式を行う女性たちを撮るシーンから物語は始まり、生死にかかわる事故にあったことである転機を迎えるわけです
彼女の信念に魅力を感じ、結婚をした夫も、他に護らなければいけない娘たちの為にも、いつ帰らぬ人になるかわからない妻を待ち続けなくてはならないという辛さが、いつしか反感へと変化してしまったり。

しかしながら、この現状の悲劇を、誰かが伝えなくてはならないというこみ上げる使命感は、始まり出したら止まらない。

世間では、傍観するどころか、ゴシップにばかり気を取られ、無関心でいる人々。

まさに先日のフォトジャーナリストの安田菜津紀さんによる6月のヨルダンの難民キャンプ取材後の報告会でお伺いした、安田菜津紀さんや、実際に紛争地帯の難民キャンプで難民支援をしている団体AARの方々の言葉を思い出しました。

難民の彼らにとって、

何よりも辛いことは、

自分たちが世界に無視され続けていること

だと言うそうです。

 

まさに、今年2月のシリア渡航計画を理由に外務省からパスポートの強制返納を命じられたフリーカメラマン杉本祐一さんのニュースも耳を疑わずにはいられなかったです。

これに関しては、「危険区域に取材に行くジャーナリストは、自分が死ぬだけなら自己責任で済むが、人質に取られたら多くの人に迷惑をかける。」というような、ジャーナリストの方が拘束されるたびに浮上する、日本らしい意見、、、その「自己責任」や「空気を読め」や「迷惑をかけるな」といった言葉が出るたびに、本当に恐ろしい気持ちになります。

報道や取材の自由は、私たちの知る権利のために、守られなくてはならないことだと思います。

沈黙は独裁者や圧政者に力を与える、最も恐ろしいことなのに。

 

ジャーナリストの後藤健二さん殺害事件においても、なぜ、後藤さんがISに殺害されなくてはならなかったのか、なぜ今でも多くの若者がISに賛同し、流れ込んでしまうのか、それを知ろうとしなくては、何も変わらないというか・・・。

 病気をして、痛み止めや安定剤をガンガン飲まされて痛みや苦痛は麻痺して緩和されているけれど、病気の根本を治療しているわけじゃないから、どんどん悪くなっているような・・・そんな感じ。

 

「自己責任」という便利な言葉により、「空気を読む」ということが美徳とされすぎる社会、私はやっぱり怖いです。

 

他人に売られた喧嘩をわざわざ買いに行けるようにしようとしている日本。

この先、「お国のために」という空気が作られ、「空気を読んで」戦争に参加するのかな・・・?なんて。

 

それから、昨日はアフリカのナミビアでのとっても怖い話も聞きました。

 

この映画「おやすみなさいを言いたくて 」の中でも、一部の企業が、アフリカの富を略奪し、現地の人々はそれらにより命をおとし、満足な医療も受けられない状況について言及するシーンがありましたが、ナミビアではドイツ系ナミビア人が権力をふるっているとのこと。

広大なサバンナの何もないような場所ですが、ダイヤモンドやレアメタルがとれるので、やはりそこは立ち入り禁止区域となっており、もちろん、ご察しの通りのことになっているそうです。

白人セレブ達の楽しみは広大なサバンナでの動物ハンティング。

ハンティングのジープが走り回る、見晴らしのよい私有地の一本道の脇にはところどころ花が添えられているところが何箇所もあったそうです。

交通事故など起きそうもない見晴らしのよい一本道・・・。

なんの花かと聞くと、セレブ達のハンティングの最大の醍醐味は、人間をハントすることだそう。

ナミビアは薪になるような枝すらないようなサバンナのため、現地人達はその私有地に入って薪になる木々をとりにくるんだそうです。

それを、不法侵入ということで、合法的に撃つことができる...。

そんな恐ろしいことがまかりとおってしまっているそうです。

 

世界の平和と富の影には、そうではない国や地域が必ず存在するということを、私たちは意識さえしないけれど、それは実際に行ってきた人の話を聞いたり写真を見たりすることで、意識が少しずつ変わってきたりすることでもある。

 

遠い国のことだからと、無関心でいることは、後々、自分達の身に直接ふりかかるようなことだったり、いつしかテロの矛先が私たちに向けられた時に、彼らのことを本当に非難できる資格があるのかとか・・・

考えさせられることがたくさんあります。

今、何かが変わろうとしているから、特に。